【ブルー・プラーク/ロンドン】ヘンデルとジミヘンの住んだ家(1)~ヘンデル編

イギリス
スポンサーリンク

「音楽の父」と言われたバッハに対して、「音楽の母」と呼ばれた作曲家ヘンデル。また、ロックの創成期に天才ギターリストとしてレジェンドとなった、ジミ・ヘンドリクス。この二人は時代を隔たり、隣の家に住んでいたのです。そんなロンドン市内の住宅訪ねてみました。まずはヘンデルの家から。ジミヘン編はこちら

アクセスと外観

ロンドン中心部のボンドストリート駅から南に続く、ショッピング街サウスモルトンストリート南端。メイフェアと呼ばれる高級エリア中でも、人々が多く往来するNew Bond streetや、高級ホテルに挟まれ、少し落ち着いた並びの中にその建物はありました。入り口はというと、表の通りからは入ることはできず、建物の間の細い歩道を奥に入って行った先にあります。

奥まった先の入り口に看板はありますが、見落としてしまいそうな入り口です。黒く塗られた古い木の梁と、レンガがいい雰囲気を醸し出しています。

作曲家ヘンデル

人物

ヘンデル(ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル)は1685年2月23日に生まれ、1759年4月14日に没した、ドイツ生まれで、イギリスに帰化した作曲家です。劇場用のオペラやオラトリオを多く残し、特にクリスマスの時期によく演奏され、ハレルヤコーラスで盛り上がる、「メサイア」が有名です。ドイツで学び、イタリアを経て、イギリスに渡り、主にロンドンで活躍しました。ハノーファー選帝侯であった国王ジョージ1世と関係が良く、イギリスのオペラ史において重要な位置を占めています。また、よく対比されるバッハとは同い年ですが、一度も会ったことはないようです。

ロンドンの住居

この住居は、1723年~1759年、ヘンデル38歳から74歳で没するまで住み続けました。「王室音楽アカデミー」の芸術部門の中心人物であったヘンデルは、当時新しく建てられたこの住居の最初の入居者として入居し、後にはここで、チケットやスコアの販売のビジネスも行っていました。

住居としては、当時のロンドンのタウンハウスとして一般的なようですが、興味深いのがこの住居の位置です。ロンドンの音楽や芸術の中心地は、オペラハウスのあるコヴェントガーデンやソーホーの周辺であるのに対し、この住居は、メイフェアという少し高級な地域で、より王室や政治の中心地であったセントジェームズ宮殿やヘイマーケットに近い位置となっています。ヘンデル自身のキャリアの考え方を示すように、交友関係も音楽関係者はもちろん、それだけではなく、王室や政治関係者にも広がりをみせています。

展示内容

住居そのものの展示に加え、直筆の楽譜や、楽器なども展示されており充実した展示内容となっています。また、交友関係をこの住居の位置も含めて、地理的に解説した展示などもありました。

とくにメサイアを含めた、オラトリオ作品の台本作家を務めたチャールズ・ジェネンズ(Charles Jennens、1700年~1773)へのヘンデル直筆の手紙からは、ヘンデルの端正で勢いのある筆跡も見ることができます。

加えて、ハープシコードについての展示も充実していました。ヘンデルはルッカース(Rukers)製の「ダブルマニュアルハープシコード」をこの住居で所有していたと有名だったそうで、現在ここではルッカース(Rukers)製のハープシコードを現代に復活させているBruce Kennedy製の美しく装飾されたハープシコードが展示されていました。また別の楽器ではありますが、ハープシコードの生演奏も行われており、ハープシコードの音色でヘンデルの曲を聴くことができる貴重な機会でもありました。

尚、ヘンデルが所有していたハープシコードは特定されておらず、ロンドンのFenton Houseのものも、その候補なのだとか。また、このヘンデルハウスのものは、フランスのコルマールにあるUnterlinden Museumのものを基にしているようです。[コルマールの記事リンク

最後に

このヘンデルの家から、渡り廊下をつたって、外に出ずにジミ・ヘンドリクスのフラットに行くことができます。時代を越えて向かうので、雰囲気も内容もすっかり変わりますが、ご興味あれば、こちらからどうぞ。

博物館情報

Handel & Hendrix in London(googlemap日本語;ヘンデル・ハウス博物館)

住所;25 Brook Street, Mayfair, London, W1K 4HB

コメント

タイトルとURLをコピーしました