【RS10】世界遺産・ライン川沿いの絶景トレッキング ~10日目~

ラインシュタイク(ライン川高所道)
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ドイツ・ヴィースバーデン~ボン間を繋ぐ全長約320kmのロングトレイル、ラインシュタイク 。トレイル10日目は、コブレンツの要塞から有名巡礼地シェーンスタットを通って、神聖ローマ皇帝直属の臣下ザイン伯爵の本拠地ザイン(そして最寄りのエンゲルス駅)までの約24.5kmです。この区間からライン渓谷の中流下部となり、古代ローマ帝国の国境線リメスと合流します。

出発地コブレンツ

今回の出発地点はコブレンツ・エーレンブライトシュタイン鉄道駅。コブレンツ中心部はライン川とモーゼル川に囲まれた地区ですが、この鉄道駅はラインシュタイクのルートがあるライン川右岸(中心部の対岸)にあります。

最初の目的地は、鉄道駅頭上にそびえるエーレンブライトシュタイン要塞(Festung Ehrenbreitstein)。この要塞には対岸の公園からロープウェイが運行しており、ライン川上空の景色を満喫しながら楽々と行くことが出来ます。

また対岸の上流部には、1900年初頭に建造されたプロイセン時代の庁舎も見えます。ネオ・ロマネスク様式の建物で、一際存在感を放っています。それでは鉄道駅を出発、駅前にあるライン博物館(Rhein-Museum Koblenz)の脇を抜けてラインシュタイク本線を進みます。

エーレンブライトシュタイン要塞

要塞入口

ラインシュタイクの標識を辿っていくと、要塞へと続く通路の入口が現れます。入口の先には堅固な作りの内部通路・階段があり、これを登ると防壁の内側に出ます。防壁の土台部分に注目すると、元々の岩山を上手く利用して設計されていることが分かります。この道の先が要塞入口です。

エーレンブライトシュタイン要塞は、ライン・モーゼル川が合流する交通の要衝として古くから栄えたコブレンツの防衛拠点として建設、紀元前10-9世紀頃には軍事拠点化され、以降継続的に機能強化が図られてきました。1801年フランス軍の攻撃により破壊されましたが、1817-28年にかけてプロイセン王国によりライン川中流域における防衛上の要として再建、これが現存しています。

要塞内部

要塞入口の門を通ると、次の門が出てきます。このあたりからはコブレンツの町が一望出来ます。先へ進んでいくと、ロープウェイの発着駅が見えてきました。この要塞は内部見学も可能で、発着駅のすぐ近くに見学用の入口があります。

要塞内部の通路を更に進んでいくと、要塞の本丸は左手に見えます。防衛用に高い位置まで石壁が積み上げられており、堅固な備えであることが分かります。ラインシュタイクのルートは、要塞外側を回り込むようにしてに伸びており、しばらく進むと開けた場所に出ます。

要塞公園

要塞北側の台地には公園が整備されています。展望台も設置されており、ここからはコブレンツの町は勿論、初代ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の騎馬像が立つモーゼル川とライン川の合流地点・ドイチェス・エック(ドイツの角)も一望できます。

モーゼル川とライン川は河川の色が異なり、この合流地点で色が混じり合います。この日は両河川の色の違いを何とか判別出来る程度で、混じり合っていく様子はまたの機会に持ち越しです。なお、このモーゼル川流域もワインの有名な生産地です。

ファレンダーの町へ

ウルバル

要塞公園を後にして、次はウルバル(Urbar)の町を北に向かって進みます。ウルバルは大きな町ではないものの、1万3千年前には定住が開始され、この辺り一帯では初期集落の一つと言われています。後述する古代ローマ帝国の国境防衛線リメスが整備された以降は、ローマ帝国領だったようです。

このルート上には、多数のサクランボが実っていたほか、ポピー(ケシ)の花も一面に咲いていました。のどかな麦畑の横には、紫色の花々。田園風景の中を進むと、カラフルな入口が特徴的なプールがありました。この後、少し森に入ります。

シェーンスタット運動教会

森を抜けると、次の町ファレンダー(Vallendar)郊外に入ります。この付近一帯にには、神学大学を含む教会関連の施設・建物が多数有り、修道服を着た方々も大勢見かけました。道脇には教会関連ののぼりや案内板もあります。

調べてみると、ここはシェーンスタット使徒運動(Schönstatt-Bewegung, Schoenstatt Apostolic Movement)発祥の地で、巡礼地としても有名な場所のようです。この運動は、1914年ジョセフケンテニッチ神父が提唱したローマ・カトリック教会の(精神的再生を重視した)マリア信仰に関する教え・一派で、発祥地に因んでシェーンスタット(Schönstatt、「美しい場所」という意味)運動と呼ばれ、ドイツ内外で多くの支持者を得ています(世界130か国超)。

無事このトレイルを踏破できるようマリア様にお祈りした後、施設周辺を散策。小休止してから、ファレンダー中心部に向かってトレイルを再開します。

ファレンダー中心部

ファレンダー中心部に到着。市庁舎をはじめ歴史のある建物に囲まれた広場があったので、今日はここでランチタイム。のんびりと鋭気を養って午後の部へ。

市中を進んでいくと、大きな教会(St. Marzellinus und Petrus)が出現。この教区(トリーア大司教区)では、世界遺産に登録されたトリーア大聖堂に次ぐ規模です(全長76m)。この教会脇を抜けて山道を登っていくと、景色の良いレストラン(Wüstenhof)を発見。ワインを片手に多くの人で賑わっていました。ここからは緩やかな下りです。

古代ローマ帝国の国境線・リメス

麦秋の麦畑ロード

高速道路を越えた後、麦畑の脇を進んでいきます。最初に目にした麦畑では、穂が大分実りつつあるものの、まだ青さが残っていました。しばらく進んでいくと、今度は黄金色に輝く麦畑が一面に拡がっています。麦秋を迎えた麦畑、綺麗ですね。不思議と懐かしさを覚えます。

リメス街道

麦畑を過ぎた後、ルートはリメス街道と合流します。リメス街道とは、古代ローマ帝国が約二千年前に築いた国境防衛線リメスに沿って整備された街道です。リメスの全長は約550㎞に及び、この中には英国に残るハドリアヌスの長城やアントニヌスの長城なども含まれ、「ローマ帝国の国境線」として世界遺産に登録されています。

ドイツのリメス街道は以下をご参照下さい。この地より東側のリメスは、ライン川右岸の内陸部へと伸びており、フランクフルト北部タウヌス山地で一度北に張り出した後、マイン川に沿って南下します。他方でこの地より西側では、ライン川に沿ってラインブロール(Rheinbrohl)の町へと伸びています。

リメスには城砦・城壁や見張り塔、防衛柵、土塁などが設けられました。現在でも各所にその名残があります。本日の最高地点・プルフェルベルク(Pulverberg)の高台もその一つで、当時の見張り塔も復元されています。ここからは下りで、谷間には立派な鉄道橋(Brexbachtalbrücke)がありました。

ゴール地点・ザインの町

ザインの古城と居城

鉄道橋を過ぎて山道を下ってくるとザイン(Sayn)の町です。中央ヨーロッパ青銅器時代(紀元前2200~800年頃)には定住者がいたようです。神聖ローマ帝国時代には皇帝直属の臣下・ザイン伯爵の統治下にあり、1803年ナッサウ公国成立後は公国に併合、その後プロイセン王国に併合されます。一方でザイン伯爵は1866年ルクセンブルク大公国の元首に就任、現在もザイン伯爵の称号を使用しています。

ザインには古城(Burg Sayn)と居城(Schloss Sayn)があり、ルート上では最初に山中の古城に到着します。12世紀建造の古城ですが、今でも堅固な遺構が残っています。見晴らしも良く、ザインの町を一望出来ます。古城を下ると、今度は居城のテラスに到着。14世紀建造ですが、増改築を繰り返した結果、現在はネオゴシック様式の美しい建物です。前面にはイギリス式の庭園も拡がっています。

ここから最寄りの鉄道駅エンゲルス(Engers)まで約2.5km歩いて今日のトレイルは終了です。今回はここまで。

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